政治学科 バレット,トーマス
法学部政治学科から「東洋史」の世界へ
歴史を手がかりに、近世・近現代中国と世界を読み解く
MESSAGE
内閣府が2023年に発表した「外交に関する世論調査」によると、中国に「親しみを感じない」または「どちらかというと親しみを感じない」と答えた人の割合は、実に86.7%にのぼりました。一衣帯水の隣国である中国に対し、「負のイメージ」を抱く日本人が少なくない現状が、改めて浮き彫りになっています。
こうしたイメージが社会に広がる中で、中国を正面から学ぼうとする人は年々減少し、それに伴い深刻な理解不足が各方面に広がっています。政治、メディア、教育、そしてビジネスの現場において、「中国通」の存在はかつてなく求められています。そうした時代にあって、本研究会は2025年4月より、「歴史学のアプローチ」を用いて中国を深く学ぶ場として立ち上がりました。
「歴史学のアプローチは現代中国の理解にどう役立つのか」と考える人もいるかもしれません。しかし、現代の中国人の言動や価値観の根底には、長い歴史の中で培われた文化や制度、記憶が息づいています。歴史を知ることは、単に過去を振り返ることではなく、現在を理解し、未来を見通すための基盤づくりでもあります。
そして、この「歴史学的アプローチ」の有用性は、中国理解に限られるものではありません。いま、私たちを取り巻く情報環境はかつてなく激変しています。フェイクニュースや切り抜き動画、生成AIによるコンテンツがあふれ、気づかないうちに私たちはアルゴリズムや「操作された情報」の渦中に置かれています。情報の真偽を見極め、複雑な事象を自らの頭で考える力が、これまで以上に求められる時代に突入しているのです。
こうした「情報戦の時代」を生き抜くうえで、歴史学はきわめて強力な武器となります。なぜなら、歴史学は情報の来歴や背景を読み解く「出所を問う力」、表に出てこない「沈黙」や「欠落」に注目する「想像する力」、また複数の視点を行き来しながら出来事を再構成する「構造化する力」を養ってくれる学問だからです。
本研究会では、こうした力を身につけることを通じて、東洋史家・歴史学者をめざす人はもちろん、政治、報道、教育、ビジネスといったあらゆる分野において、「深く考え、読み解くことのできる人材」を育てていきたいと考えています。
PROFESSOR & MEMBER

バレット, トーマス(Thomas P. BARRETT)
●専門分野
近世・近代中国の政治外交史、東アジア国際関係史、東洋史
●履歴
1989年生まれ、英国バース市出身。愛知大学現代中国学部卒業。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了、同大学院博士課程単位取得退学。オックスフォード大学東洋学学部博士課程修了。博士(東洋学)。南開大学(中国)と国立台湾大学にも留学経験あり。
日本学術振興会特別研究員、オックスフォード大学東洋学学部非常勤講師、ウィリアムズ大学オックスフォード大学留学プログラム非常勤講師、ケンブリッジ大学アジア・中東学部研究員を経て、2025年4月より慶應義塾大学法学部政治学科専任講師。
●受賞歴
2023年、第10回史学会賞(「D.B.マッカーティと「琉球処分」問題――清朝在外公館における外国人館員の私的活動とその意義をめぐって――」『史学雑誌』第131編2号(2022年2月発行)掲載)、英国王立アジア協会のベイリー賞(Royal Asiatic Society of Great Britain and Ireland 2023 Bayly Prize)を受賞。
●その他の研究活動
2024年、日本の優れた中国研究を世界に広めるため、ヨーク大学名誉教授のジョシュア・フォーゲル氏と共に「Japanese Sinology」シーリズを香港中文大学出版局で創刊。これまでに、宮崎市定による『史記』に関する論文集や、佐伯有清の遣唐使研究の英訳版を刊行している。2025年より、英国王立アジア協会の機関誌(査読付き、ケンブリッジ大学出版局発行)である Journal of the Royal Asiatic Society の編集委員を務める。
業績や経歴の詳細については、researchmapのページをご覧ください。
X:https://x.com/tpbarrett_
入ゼミ案内
●バレットゼミの進め方
本研究会では、❶史料輪読(中国語/漢文)、❷グループ発表、❸その他のアクティビティを中心に進めます。
なお、❶では19世紀末の一次史料を扱うため、中国語または漢文を学んだことのある学生のみを募集します(レベルは問いませんが、初級以上の素養があることが望ましい)。
❶史料輪読:清末中国の外交官が見た「世界」――『曾紀澤日記』から読み解く
1876年以降、清末中国の士大夫(官僚)たちは初めて海を渡り、欧米諸国や日本に外交官として駐在するようになりました。当時の「中国」は内憂外患に悩まされ、社会体制や価値観が揺らぐ激動の時代を迎えていました。そうした状況のなか、彼らは海外経験を通じて何を見て、何を感じたのでしょうか。どのような人々と交流を持ち、彼らの世界観はどのように変化したのでしょうか。
本研究会の核となるアクティビティとして、こうした問いを考える手がかりに、1878年から1886年にかけてロンドン、パリ、サンクトペテルブルクに駐在した清末中国の外交官(出使欽差大臣)・曾紀澤(1839〜1890年)の日記『曾紀澤日記』を輪読し、その内容について考察を加えます。
『曾紀澤日記』は簡潔な文体が特徴で、読むこと自体はそれほど難しくありませんが、内容を深く理解するためには、現地新聞の記事(英語・フランス語)や、現地政府に提出された外交文書の内容も時折参照する必要があります。
進め方としては、(A)個人発表、(B)グループワークが基本となります。
(A)の場合、毎回発表担当者は異なりますが、参加者全員が、教員が事前に指定した箇所の和訳を載せたレジュメを作成・提出する義務があります。
発表担当者のレジュメには、担当箇所の和訳に加え、(1)作成過程で見つけた関連資料の簡単な紹介(新聞記事・先行研究・一次史料など)、(2)日記文および関連資料をふまえたリサーチ・クエスチョンの記載が必要となります。
発表終了後は、内容をめぐって討論を行い、歴史学的にどのような問いを立てることが可能かについて考えてもらいます。
(B)の場合、ゼミ生は班に分かれて協力しながら特定の文章を和訳します。
授業の最後の30分を使ってその内容について討論を行い、翻訳過程において直面した問題について議論を行います。
❷グループ発表:歴史から考える現代中国
前述のとおり、本研究会では『曾紀澤日記』の輪読が中心となりますが、月に一度程度、グループワークの回も実施します。この回にそなえて、ゼミ生は事前に班に分かれ、特定のテーマについて発表を準備します。また、発表当日には、別の班はその内容を批評し、コメントや質問を出します。扱うテーマはいずれも歴史的なものになる予定ですが、現代中国の理解につながる内容を重視する予定です。
(例)
- 「台湾問題の歴史的淵源とは何か」
- 「大躍進や文化大革命は中国人の行動様式にどのような影響を与えたのか」
- 「『百年恥辱』から考える戦狼外交官の言動」
- 「琉球王国の歴史と『沖縄問題』」
- 「同居共財から考える漢人の行動様式」 など
❸その他のアクティビティ
上記に加え、以下のようなアクティビティも実施予定です。
- 他大学との交流会(2025年度例:ケンブリッジ大学アジア・中東学部)
- 合同ゼミ企画(2025年度例:小嶋ゼミとの百年留学生記念館訪問)
- 博物館や展示会の訪問(2025年度例:領土・主権展示館)
- 神保町の中国専門書店巡り
●入ゼミ課題・選抜方法
一次募集
準備中:入ゼミ課題については、後日更新する予定です。
何かご不明な点があれば、バレット(thomas.barrett[at]keio.jp)までお問い合わせください。
よくあるご質問
開講日・時限:木曜日の4限(3年生)、5限(4年生)(予定)
留学予定の学生の受け入れ:可
兼ゼミ:可
他学部学生の受け入れ:可
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